6月15日

ああだ、こうだ、言いたくなる。

 

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ここ最近で、なんで今の仕事をしているのか、という話題が何度かあって、話せば話すほどボヤボヤしていたことの輪郭が見えてきたような気がするので、残しておきたいと思う。

 

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結局のところ、とても幸せに仕事をしていると思う。まずこれに尽きる。
自ら高台を目指してロッククライミングのように岩山をゴリゴリ登るような努力をした、という思い出はない。
舞台へ手を引っ張ってってくれて、オロオロして、お尻を叩かれて、なんとかこなす。という記憶のほうが多い。
他力本願と言ってしまうには極端な気がするけれど、環境に助けられて、見出してもらって、居場所をいただいている。という感覚が強い。

 

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環境の話。自分のまわりの環境は、やっぱり自分が作っている。
日々の会話だったり、情報だったり、行きつけの店、休日の行動、プライベート、人との接し方もろとも含めた結果が、環境というものだと思う。

この環境のなかにいる人たちは、自分よりも自分をしっていたりする。
逆に、自分は自分が思っているよりも知らない。どんなことに向いているのか、何をすると伸びるのか、何が好き、何が嫌い、想像以上にまわりの人は自分を見ていて分析して素直に返してくれている。
エゴもあるし、こだわりもある。他人の目なんか気にしてらんない。というのは、やっぱり勿体無いなぁという考え方がベースになっていた、いつのまにか(大人になったもんだ)。

 

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こう考えると、日々の思考とか生活からにじみ出るものが、自分のまわりをじわりと形つくっていって、磁力をもって上手くフィルタリングもしつつ、行き先を誘導しているような、そんな感覚を覚える。これは不安ではなくて、安心していいことだと思う。

この日々の思考だったり生活というところは、意識で変えられる。ここは、自力でハンドルをきれるところだと思ってる。だから、らしくない違和感は取り除いて、らしい人でありたいと思う。

 


つらつら、この話の内容みたく、行き先が定まってないまま筆を走らせてオチもないまま、寝落ちします。

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